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みんなの「KuniyoshiMurata」ブログ


「奇跡の目覚め」作・村田訓吉

2012/07/08 10:34
「奇跡の目覚め」

のどが痛い、
足が痛い
痛みは生きている証
雨の中
老若男女
人命尊重
人権と
環境保全の為
真の民意と
あるべき人類と地球の
幸せな調和の為
さまざまな人が
参加していた。
首相官邸前の
紫陽花革命だけでなく
日本各地で再稼動阻止

原子力からの脱却
一部の人たちの利権の為の
原子力経済から
再生可能エネルギー推進
人類全ての地球の為の
再生可能経済へ
脱原の動きは止まりません

日本各地で世界中で
奇跡を起こすための軌跡を
ともに作り
覚醒を促す仲間達に
感謝と祈りの毎日が続く

痛みは続くかもしれませんが
生きている証
活動の証
やがてその痛みは
未来を作りだす
魂の力になるでしょう

魂は死にません
私たちの地球がある限り
奇跡の軌跡の為の目覚め
感謝と祈りの日々は続く

作・村田訓吉

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村田訓吉です。その2

2012/07/03 19:55
メッセージ

世界中の何処かで一つでも
原子力発電が稼働していれば
原子力経済が続いていれば

核兵器は製造され
広島から福島に限らず
新たな被爆者は
増え続けます。

核戦争が起こらずとしても

人類の住む
地球の生態系を破壊する
高レベル放射能は増え続け
地球家族の心中の
秒読みは止まりません

原子力経済の負の連鎖
を断ち切り

愛と平和と青い地球と子ども達
の為に

再生可能エネルギー
再生可能な地球
再生可能な人心

再生可能経済
に目覚めましょう。


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村田訓吉です。

2012/07/03 19:52
村田訓吉です。
6月29日は紫陽花革命凄かったですね。
感動で歌を作ってみました。

Nuc is over go go go
ひとりひとりが
それぞれの
魂を
夢を
叫び叫び
世界に届けと
光を灯し
煌めき初め
大地から
溢れだし
輝きだす
星屑の英雄達
脱原銀河

誰か音楽つけてうたえるようにしてくれるとうれしいな。

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ピースアクション「WE ART HIBAKUSHA」のお知らせ

2012/04/09 12:39
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ピースアクション「WE ART HIBAKUSHA」は、今回映画上映会3箇所でも開催されます。
募集内容は従来どおりですがデーター入稿に限らせていただきます。

参加希望者は、メール(JPGデータ)にて下記にお送りください。作品は、最大A3サイズまでとします。
作品には、必ず「作品のタイトル」「作家名(ペンネーム可)」「あればホームページ(またはブログ)のアドレス」を添付してください。参加費用は、作品1点(サイズに関係なく)1000円です(下記の口座にお振込みください)。2点目からは参加費は500円になります。

作品の送り先は、メール(JPGデータ)は「info@renaart.com」まで。 

参加費の振込先は、
●振込先 ゆうちょ銀行 00160-0-496609 口座名 WAPA(ワパ)        
●他銀行から、お振り込みいただく場合は以下の情報が必要です。 
店名 〇一九(ゼロイチキュウ)店(019)当座預金 口座番号 0496609

素晴らしい脱原発の作品が集まってきました。
いったん今回の募集で巡回展形式の募集は打ち切り、新たな形式で募集を再開します。

ピースアクション「WE ART HIBAKUSHA」の使命はまだ到達していません。
ドイツや海外での展示を目指し企画を変え新たな段階での募集をさせていただきたく考えています。

新しく。ポストカードでのWAPAへのメッセージを受け付けます。
ポストカードに思い思いのメッセージ(アート)を描いて送ってください。
送っていただいたポストカード(作品)は、来年開催される日本アンデパンダン展に展示される「ゼロの木ピースツリー〜NUC IS OVER PEACE TREE〜」に展示させていただきます。参加費は無料です。
ポストカード(作品)には、「作品のタイトル」「作家名(ペンネーム可)」「あればホームページ(またはブログ)のアドレス」を添えてください。このWAPAブログでもご紹介させていただきます。

ポストカード(作品)は郵送で私[村田宛]のところへ送ってください。

送り先は、〒270−2214千葉県松戸市松飛台144−1與作ビル205号室 村田訓吉宛

WAPAは脱原発、反核を訴えるアート集団です。

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村田共同代表がんばる。

2012/03/24 11:58
WAPAの代表のひとりである村田訓吉さん(ピンクのTシャツの人)のご紹介です。

WAPAのいつも縁の下の力持ち!?の村田さん。

今回の展示“ゼロの木〜WAPA NUC IS OVER・PEACE Tree〜”も、主催者との交渉、展示スペースの確保、展示内容の折衝・・・ナントひとりでやってくれています(スゴイ!?)。

そしてトークショー「WAPA NUC IS OVER・PEACE Tree〜311以降いま私達ができること〜」には、会の主催者である日本美術会の首藤会長までも交渉し参加していただくという快挙も実現させてしまいました。

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そういう村田さんは、列記としたアーティストでもあります。

村田訓吉 Kuniyoshi Murata

1954年6月28日生まれ
1974年より作家活動開始 個展、企画展、グループ展等多数

国際巡回展(神展)世界の200人のアーテイストが神を描いた。
東京、京都、アメリカ、イタリア、ドイツ、等巡回
小野ヨーコ、岡本太郎、アラーキー等世界の200人のアーテイストが参加

2000年 スウェーデン大使館SJP創立展
調布田作りSJP調布国際展
丸木美術館ピースオブピース
中国北京国立博物館にて三京書画展

2001年 大阪府立現代美術センターSJP 大阪国際展
スウェーデン大使館SJP 第2回展
丸木美術館今日の反戦展 その後毎年参加出品
スウエーデン、ファルン展、カナダジャパン展
ストックホルム、パスカルギャラリー大木道夫、村田訓吉二人展

2002年 鶴ヶ島竜のアートフエステバル
2003年 佐藤美術館平和へのメッセージ展
2005年 愛知万博 この指とまれデイレクター 愛知万博 地球に愛をキュレーター
2006年 富士ゼロックスギャラリー「多層系」 仏の光展
2007年 富士ゼロックスギャラリー 「ABX オークション展」、神奈川県民ホールギャラリー 「ノーウオ−展」
2008年 アントニオネグリ償還イベントネグリアンドテングリ 芸大パーファーマーとして参加、環境に愛を展 京都市美術館、SJP展「青の融合展」京都市美術館、銀座 泰明小学校 あおぞらDEアート
2009年 NHK ふれあいホールギャラリーで2回開催、「私達は愛と平和と青い地球と子供達が大好きです」この指とまれ、日本SJP委員会解散後 吉川信雄 奥田直人 福永幸治3 名と共にSJP事務局を開設
2010年 国連大学GEOCにて「この指とまれ2010」展 開催

そんな村田さん率いるWAPAにみなさんもぜひ参加してください。
もちろん“絵”だけじゃなく、“音楽”や“写真”や“文章”などなど作品のジャンルは問いません。
みんなでピース・アクションをしましょう!

今回の展示“ゼロの木〜WAPA NUC IS OVER・PEACE Tree〜”は、

第65回 日本アンデパンダン展
会場:国立新美術館(東京・六本木)
会期:2012年3月22日(木)〜4月2日(月)
(休館日 3/27火曜日)午前10時−午後6時 初日は正午から 金曜日は午後8時まで
(最終日は午後2時終了 ご入場は30分前まで)

で、見ることが出来ます!!


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申し入れとPEACE Treeの設営

2012/03/22 04:04
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共同代表村田訓吉より。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
申し入れに行ってきました。
まず一緒に来てくれる人にはメールで連絡したのですが。
服部良一事務所 秘書 芦澤礼子様のおかげで、衆議院第2議員会館で、申し入れ出来ることになりました。
時間通りの始まり電話も受けられる状態で無く、遅れてこられた方には申し訳なかったです。
また申し入れの後も会議、次の日の報告会の用意等で時間がつぶれ、皆さんに連絡が出来なかったことをお詫びします。

報告もかねて3月22日〜4月2日 六本木の国立新美術館にて行われる日本アンデパンダン展会場で、アーティスト増山麗奈×村田訓吉が市民と共同で制作した、原発ゼロの世界をメージした立体芸術作品「ゼロの木プロジェクト〜WAPA NUC IS OVER・PEACE Tree」を展示します(WAPAは原発を含む核兵器廃絶を求めるアート集団です)。葉っぱの一つ一つに3.11後の未来への夢をかいた希望の木です。

その作品の前で3月22日午後4時からトークショーも行います。

また、北海道余市の有機農家安斎由希子と画家・増山麗奈のコラボレーションで、ベクレルフリーな食生活と芸術のある暮らしを提案する「農はアートだ」プロジェクトの発表も行います。

お忙しいとは思いますが両日ともぜひ取材にきていただければと思います。
よろしくお願いいたします。

では簡単になりますが重要なことに絞って報告します。

希望担当者:原子力安全・保安院の方々とお会いできました。
大臣や実質的権限のある方にはお会いできませんでした申し入れだと大体そういうもののようです。
結果からはなしますと、最終的にはストレステスト結果と地元の合意に基づいて野田首相と4人の閣僚で決めるということでした。
ストレステストは電力会社が自身で他社に受注して出すそうです。そんなテストは内部で換算できるから意味が無い、なぜ政府と民間で第三者でのストレステストをしないのか。という質問に答えもありませんでした。
ストレステストに何の意味も無いことが明らかになりました。
野田首相と4人の閣僚に直接直訴しかないようです。
また大きな問題は地元の範囲です。それに関しては答えがありませんでした。
直接の地元は地元の経済の存続のために受け入れは必死でしょう。
この範囲がどれだけ広範囲になるかが問題ですがその範囲は誰が決定するのでしょう。
その他問題点を見つけ再質問すれば誤解だと逃げるばかりでした。発言にまったく責任が無いようです。

さて次は申し入れを何回か繰り返す事も考えていますが、たとえば野田首相と4人の閣僚宛に電話したり手紙を出せば良いのか、どういう活動にでようか皆さんも一緒に考えてください。
野田首相と4人の閣僚が悪魔に心と国民と母国の運命を売らないことを祈るばかりです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上です。

写真は、「ゼロの木プロジェクト〜WAPA NUC IS OVER・PEACE Tree」の設営風景です。
3月22日から4月2日まで六本木の国立新美術館にて行われる日本アンデパンダン展会場で見れます。
みんな見に来てそして描いてくださいね!!
お待ちしています!!



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WAPA共同代表村田訓吉/2月20、21日福井・大阪レポート

2012/03/13 00:09
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(2012年2月20日 読売新聞)アートで反原発 : 福井 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

福井大阪クニヨシレポートです。
福井そして大阪、私にとっては久しぶりの関東以外での活動です。

まず驚きました。原発銀座の真っ只中で脱原運動を続けて来た人たちがいるという事実に森と暮らすどんぐり倶楽部です。松下照幸様の熱い思いと優しさには痛み入りました。この地で脱原活動を続けてきたということはどういうことか話を聞きましたが、実際はもっと創造できないことがあったと思います。世界1原発が密集している地域での脱原活動は世界1の脱原活動ですねと伝えてきました。

明通寺住職中島哲演様は優しい落ち着いた言葉で説法なされますが、脱原に関する意思の強烈さは少し言葉で表現できないないものを感じられました。真言宗から始まり広く仏教だけでなく日本の神社仏閣キリスト教他宗教団体を脱原でまとめてくれる方かもしれないと願ってしまうのは私だけでしょうか。

大阪ではご高齢で体調のすぐれない肥田先生、先生は私が事務局長を仮に勤めさせていただいているスウエーデン日本総合研究所の顧問の尾崎守夫さんの上司であったそうです、尾崎守夫さんは以前から私に何度もストックホルムアピールhttp://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/stockholm_appeal_for_peace.htmlのようなものが必要だと説いていて私もその必要性を説いています。

そのことを肥田先生と今回の主役のドイツのドロテーさんに話したところ、やはりしっかり覚えてらっしゃったことには驚きました。何しろ1950年のことでそれも現在ではそこにアクセスすることもページ内で注意されるからです。
コピーして張っておきましょう。

◎<参考資料> ストックホルム・アピール
(Stockholm Appeal for Peace)について

1949年から1950年にかけてポーランド・ワルシャワで成立した世界平和評議会(World Peace Council-WPC)が1950年に出した「核兵器廃絶」アピール。1949年8月にはソ連が核実験に成功、アメリカに次ぐ核兵器保有国になっていた。また1950年6月に勃発した朝鮮戦争では、国連軍(事実上のアメリカ軍)総司令官、ダグラス・マッカーサーが核兵器使用を強硬に主張し、中国と北朝鮮の国境に投下すべしと云う議論が公然と行われていた。(のちトルーマン政権はマッカーサーを罷免、核兵器使用は見送られた。)

こうした核兵器を巡る騒然とした状況の中で、世界平和評議会は、1950年3月ストックホルム・アピールを発表し世界の人々に核兵器不使用を訴えた。以下が内容。

・ われわれは、人民の大量殺戮と恫喝の道具である原子兵器が違法であると宣告することを要求する。
・ われわれは、この手段を法的に執行するため、原子兵器の厳格な国際管理を要求する。
・ われわれは、一体全体いかなる国に対してであれ、最初に原子兵器を使用するいかなる政府もヒューマニティに対する犯罪を犯すものであり、戦争犯罪人として扱われるべきだと、信ずる。
・ われわれは、世界中の善意の男性そして女性にこのアピールに署名するように求める。
(1950年3月19日)

( なお、英語訳文は以下。
・ We demand the outlawing of atomic weapons as instruments of intimidation and mass murder of peoples.
・ We demand strict international control to enforce this measure.
・ We believe than any other government which first uses atomic weapons against any other country whatsoever will be committing a crime against humanity and should be dealt with as a war criminal.
・ We call on all men and women of goodwill throughout the world to sign the appeal. 私はこの英語訳文を国際民主法律家協会−International Association of Democratic Lawyersのサイトのページから引用した。
http://www.iadllaw.org/en/node/438>)

当時平和評議会の議長は、フランス共産党員でノーベル賞物理学受賞者のフレデリック・ジュリオ・キュリーだった。彼が呼びかけ人代表となった。他に著名な呼びかけ人には、ジェルジェ・アマード(ブラジルの小説家)、ルイ・アラゴン(フランスの詩人)、マルク・シャガール(ロシアの画家)、モーリス・シュバリエ(フランスのボードビリアン)、フランク・マーシャル・デイビス(アメリカのジャーナリスト、詩人)、デューク・エリントン(アメリカのジャズ・ピアニスト)、リオネル・ジョスパン(フランスの社会党政治家、後首相)、トーマス・マン(ドイツの小説家)、イブ・モンタン(フランスの歌手)、パブロ・ネルーダ(チリの詩人)、ノエル・ノエル(フランスの映画俳優)、ジェラール・フィリップ(フランスの映画俳優)、パブロ・ピカソ(スペインの画家)、ジャック・プレヴェール(フランスの民衆詩人。シャンソン“枯葉”の詩は彼が書いた。)、ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(ソ連の作曲家)、シモーヌ・シニョーレ(フランスの映画女優)など、学者・文化人・芸術家がズラリと並んだ。アメリカのフランク・マーシャル・デイビスは、このためアメリカのFBIに「反米活動」の容疑で思想行動調査をうけており、このFBI報告書が現在インターネットで読める。
(<http://www.usasurvival.org/docs/Frank_Marshall_Davis_4.pdf>)

WPCはこのアピールにもあるように、世界で署名活動を開始し、2億7347万566人の署名を集めた。中でもソ連は総成人口のほぼ全員が署名したとされる。(以上英語Wikipedia<http://en.wikipedia.org/wiki/Stockholm_Appeal>などによる。)「ヒロシマ・ナガサキ」の記憶も生々しい1950年時点で、ソ連社会の市民たちがいかに「アメリカの核兵器使用」に恐怖を感じていたかを推測できる。
(日本語のサイト<http://kotobank.jp/word/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%AB>は署名数を5億以上としているが、これは2009年末の累計のようである。)

なお前出の国際民主法律家協会は、2010年6月18日・19日両日パリで、「ストックホルム・アピール60周年祝賀国際会議 1950−2010」を開催し、最終日採択した「宣言」で次のように述べている。

『 1950年のストックホルム・アピールは次の3つの原理を公式にのべた。(1)核兵器の全面禁止、(2)全面禁止を実地に移すための管理機構の設立、(3)あらゆる国の核の先制使用を自制すること、またこのことはヒューマニティに対する犯罪であることの要求。

ヒューマニティに対する犯罪であった「ヒロシマ・ナガサキ」の恐怖は、ストックホルム・アピールの時点では、まだ人々の記憶になまなましかった。その結果ストックホルム・アピールは数億人の署名を集めた。この圧倒的な支持は、アメリカが朝鮮戦争で核兵器を使用することを抑止したのである。』

アメリカのトルーマン政権がマッカーサーを罷免してまで、核兵器の使用を思いとどまったことに対する「ストックホルム・アピール」の影響は、それはわからない。しかし、もしこうした世界世論の声に逆らって、アメリカが朝鮮戦争で核兵器を使用していたら、それはアメリカの政治的自殺行為だったことは確実だろう。

この宣言は次のように続ける。

『 アメリカは2010年核態勢見直しで、核先制使用ルールを排除することに失敗した。同時に、アメリカは非核攻撃や非核軍事能力への対応として、核兵器を使用する選択を留保した。この戦略はストックホルム・アピールに違反するものである。

アメリカとイスラエルは、彼らの核兵器でイランや朝鮮民主主義人民共和国を一突きしようとまだがちゃがちゃやっている。これらの種類の脅威は国際法に照らして不法である。』

またこの宣言は、

『 核兵器不拡散条約が要求する、忠実な核軍縮交渉をするかわりに、アメリカとロシアは、その保有する核兵器の数量を制限する交渉を2国間で進めてしまった。この戦略は明らかに、現存する彼らの核兵器の貯蔵を正当化するものであり、それらは依然として「ヒロシマ」の数千倍の破壊力を有している。依然として核兵器は世界全体を脅かしている。ストックホルム・アピールの有効な実施は、2国間ではなしに、世界全体で行われるべきである。』
 と述べ、ブッシュ政権時代と表面打って変わったように見えるオバマ政権に全くごまかされていない。それも極めて単純な真理を並べた、ストックホルム・アピールの立場から世界を眺めているからだろう。


なお世界平和評議会(World Peace Council)そのものは、国連の重要なNGOの1つとして健在であり、「反帝国主義」「非同盟主義」を旗印に現在も活躍している。
(以下世界平和評議会のサイト<www.wpc-in.org>を参照の事。なお、日本のグーグルやヤフーでは、時にこのサイトにアクセスが禁止されていることがあるので注意して欲しい。)

上の文章参考資料のページのコピーです。

日本でも高齢者の活動家ではないとなかなかこの宣言さえも知りません、また上のものも参考文献でありいろんな話があり伝説のアピールになっています。
ただ事実としてこのおかげで朝鮮戦争での核使用がなされなかったと信じている人は私だけではありません。
元に戻しますが、肥田先生、ドロテー議員は必要性を認めてくれました肥田先生はかなり関心を示してくれていました。ドロテーさんは今はまだ早い世界でこのアピールの中心になる5,6人の芸術家や詩人が必要だという明確な提案もしてくれました。
この日はなした私の夢が、皆さんの夢になればオノヨーコさんが言ったように一人の夢はただの夢みんなの夢は実現するぜ字オノヨーコさんを加えようと伝えました。
これからもWAPAから肥田先生やドロテー議員さんのご指導ご鞭撻をいただきながら発信していきたいと思いました。


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原爆を生き延びた男

2011/08/07 00:48
画像原爆を生き残った男(アトミックバック)とヒロシマ・ナガサキダウンロードによる原爆忌アークネスアートギャラリー8月6日午後6時原爆忌に、

○ひょっこりひょうたん島人形作家片岡昌さんが来てくれることになりました。
○原爆を生き残った男、尾崎守夫さんが来てくれることになりました。
○映画ヒロシマ・ナガサキ ダウンロードの監督、武田信平さんも来てくれることになりました。
渋谷でレイトショーです。 http://hndownload.com/   
「今日は広島に原爆が投下された日。」

尾崎さんという人に紹介されたのは、1年半ほど前だった。
彼は、人類史上でもきわめて稀な体験をした人だった。
広島に原爆が投下されたとき爆心地からわずか800mの地点にいたのに、命が助かって
80才を過ぎた現在もピンピンしているという人だった。

当時19才の兵隊だった尾崎さんは広島にいた。
敵軍の戦車が上陸してきたときのために、爆弾を抱えてキャタピラの下にもぐりこむ訓練を、
毎日やっていたそうだ。
「爆心地との間に広島城があったから助かったのかも知れない」と言う。
でも、一緒にいた250人の部隊の9割は死んでしまったそうだ。
「前の夜に配給の飯を食べる気がしなくて、周りの連中の酒と交換してもらったんですよ。
6合も酒を飲んで寝ました。それがよかったのでしょうか」
と、彼は笑っていた。からだから顔まで無数のガラス片が刺さったものの、
幸いなことに原爆症がでることはなかったとか。

しかし、まっ黒焦げの累々たる死体の山を見たことで、尾崎さんの人生は変わる。
終戦後は共産党に入り原水協の活動を続けてきたが、共産党が大衆運動をやめたことが気に入らず、離党。現在は個人的に反原発の活動をしているそうだ。


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2011 サマーアートフェス イン アークネス展

2011/08/06 00:59
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開催展覧会
【2011 サマーアートフェス イン アークネス展】
◆8月6日〜8月30日 平日12:00〜19:00  土12:00〜18:00 日休日
3.11以降最初の夏です。展示会場使用イベントなども企画しています。
イベントは有料ですが参加アーテイストは入場無料です。

◆現在企画予定イベント
8月6日仮名原爆忌(広島忌)
広島で直撃被爆された尾崎守夫さんの戦後作られた原爆ドームが描かれたバックと丸木美術館から借りた
原爆の図複製パネルを特別展示予定。
(アトミックバック)アトミックバックを平和のバトンとして託してくださった南風 椎さんを招き原爆忌を開きます。尾崎守夫さんにも現在依頼中


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